元銀行員の金融とテクノロジー雑記

主に金融とテクノロジー(フィンテック・ブロックチェーン・ビットコイン)、投資(株式・FX・不動産・仮想通貨)を学ぶために書いている雑記

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デジタル・ゴールドの感想と日本におけるビットコイン。

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デジタルゴールド

先日ついに1ビットコインの価値が金1オンスを超えました。

たまに知人からビットコインに投資した方が良いかどうか聞かれるのですが、ビットコインの現在の価格が高いのか低いのか正直僕には分かりませんし、今後上がるのか下がるのかも、ぶっちゃけ分かりません。

長期的に見れば更に上がっていくような気はしますが、何とも言えません。

今回は、冒頭の「金」と関連して「デジタル・ゴールド──ビットコイン、その知られざる物語」を読んだので、忘れないうちに感想をメモしておこうかと思います。

本書を読んでいて「これはもしかしたら数年後にはFacebookみたいに映画化されるんじゃないか?」とか思ってしまったのですが、どうなるのかは分かりません。

とりあえず本書は一気に読めるような物語ではあると思います。

日本人のビットコインに対する恐怖

ビットコインへの恐怖

デジタル・ゴールド──ビットコイン、その知られざる物語」では、そんなに日本については言及されていませんでしたが、マウントゴックスだったりロジャーバーだったり、ちょくちょく日本や東京という単語は出てきました。

そんな中、日本に関する記述で印象に残ったのはこの一節でした。

ビットコインの話をすると「おもしろい」とか「ばかげている」といった反応ではなく、「怖い」という言葉が返ってくる国は日本が初めてだった。 

これは確かにそうかもしれないな〜と思ったのですが、この文を読んだ時に、僕は銀行時代の「インターネットバンキング」を思い出してしまいました。

例えば、昔ながらの中小企業は未だに手形を使っていたり、大量の現金を銀行窓口に持って行ったり、振込手続を窓口で実施したりすることがあります。

銀行側としては手間削減のために「インターネットバンキング」などを導入させて処理のオンライン化を進めたいのですが、時折企業側(経理のおばさんなど)には、「インターネット」を使うことに対して「怖い」という感情があったりします。

何となく頭では「インターネット」が便利なことは分かったのだけれども、感情的に「新しいものに対する恐怖」があって、使いたく無いという状態です。

これは、振込伝票や札束など、実際に目で見て手で触れることができるモノではなく、インターネットという手で触れられない媒介を通じて、全ての手続きが完結しまうことへの「恐怖」なのかもしれません。

このような感情というのは、学生時代からスマホを使いこなす今の若い人達にはあまりないものなのかもしれません。

ですが、日本人だけでなく、人間は年をとると次第に昔ながらのやり方に拘ったり、新しいモノ(テクノロジー)を受け入れなくなっていくのものなのかなあとは思いました。

ちなみに本書では、日本に関してこんな記述も出てきます。

伝統的な社会秩序を重んじる日本

伝統的な社会秩序を重んじる日本

日本はいまだに伝統的な社会秩序を重んじる国であり、国民には教育制度を通じて幼い頃から権威に従うことを教えこむ。

 

こうした価値観は、お辞儀をしたり名刺を交換したりといった堅苦しいビジネスマナーから、そしていかれた髪型の若者でさえ車がいなくても信号が青になるまで待つ様子からもわかる。

日本人だけでなく、そもそも人は「権威」に弱い気はしますが、日本ではそれが際立っているようには思います。

そんなこともあってなのか、日本では伝統的な「現金払い」が未だに圧倒的に主流の決済手段です。

特に高齢者の「現金」への安心感も根強いようですし、これが今後変わっていくかというと、何とも言えません。

日本の年齢区分別将来人口推計

日本の年齢区分別将来人口推計

出典:2050年には1億人割れ…日本の人口推移をグラフ化してみる(高齢社会白書:2016年)(最新) - ガベージニュース

上記の図をみてもわかるように、日本は2030年には65歳以上が全人口の約3割を占め、生産年齢人口(15歳以上65歳未満)は6割を切るようになります。

今の若い人はビットコインなどの新しいテクノジーも積極的に取り入れていきそうな気はしますが、日本は高齢化社会へ突入していきますので、日本にはますます保守的な思想の人が増えていくのかなあ〜という気はしています。

ビットコインと金との違い

ビットコインと金との違い

冒頭の金の話に戻り、金とビットコインは似た点もあれば違う点もあります。

例えば2013年末時点の話として、本書ではこのような検討も紹介されています。

ウェンセンスは、ビットコインが近い将来決済手段として普及するとは思わないというホフマンの見方に同意した。

 

そのうえで、むしろ最初にビットコインの人気が出るのは、金と同じような世界中どこでも入手できる資産としてだろうと語った。

 

買い物など日常的な取引に使われないのは金も同じで、ビットコインの価値はデジタル資産として、金と同じように富を蓄える手段になることにある、と。 

金と同じように、ビットコインは確かに世界中どこでも入手できる資産であり、富を蓄える手段でもあるように思われます。

また、ビットコインの普及の流れ自体もそんな感じにはなりそうです。

実際に、日本ではビットコインを使える店舗数も増えていますが、そうは言っても大多数の日本人はビットコインを投資対象として捉えています。

この、ビットコインを投資対象として捉えた時、ビットコインは他の金融商品と違って配当や金利がある訳ではありませんが、金と同じような、ある種の安心感(期待値?)はあるような気もします。

一方、金とビットコインの違う点はどこかというと、例えば送金が挙げられます。

人は金を「世界中どこでも簡単かつ迅速に送ること」はできませんが、人はビットコインを「世界中どこでも簡単かつ迅速に(少額からでも)送ること」ができます。

しかも、このビットコインの取引は、ネットワーク上に誰もが見える形で改竄されることなく記録されます。

これは、結構ビットコインの革新的な点なように思われます。

この特性は「ブロックチェーン革命 分散自律型社会の出現」でも触れられていましたが、ビットコインの出現によって、人々はインターネット上で「信頼性が確立」された上で「経済的に価値あるものを送ること」をできるようになったということです。

日本円への信頼と今後

日本円への信頼

最後に少しだけ「日本円」についても書きます。

本書では、ビットコインの本来的価値について少しだけ触れられています。

ビットコイン支持者はドルだって紙切れにすぎず、裏付けとなる本来価値などないではないかと主張する。

しかしこの主張は、アメリカ政府がドルでの納税をつねに受け入れると約束している事実を見逃している。

われわれがどれだけ税金を嫌おうと、これが現実的な価値であることは間違いない。

ビットコインを何かと引き換えに受け取ることを約束している者などいなかった。

さしあたって基本的にコインの価値を支えているのは、将来価値が高まり、現在の保有者が購入時に払った以上の金額を受け取ることができるという期待にすぎない。

これを日本円に置き換えて考えた場合、日本円の価値は、日本政府への信頼と紐づくように思われます。

そこで現在の日本円の価値を考えると、多くの人々が日本政府を信じて疑っていないことが分かります。

ですが、経済成長という観点から国を捉えた場合、生産年齢人口を鑑みると、インドやASEAN諸国などと比べて、もうすでに将来の日本には期待できない訳です。

しかしそれでも、依然として日本政府並びに「日本円」に対する信頼は厚いように思われます。

これが何故なのかについては諸説あるかもしれませんが、個人的には本書の途中で出て来たウェンセンスとソングハーストの話で興味深かった部分があったので、ここでご紹介しておきます。

将来、あらゆる通貨がデジタル化し、競争が激化すれば効率の悪い現行通貨はすべて姿を消す可能性は十分にある。

(中略)

最終的に六つのデジタル通貨だけが残るだろう。ドル、ユーロ、円、ポンド、人民元、そしてビットコインである。

最終的な6つのデジタル通貨というのがどういう文脈で結論づけられたのかは分かりませんが、そこには「円」も含まれていたのです。

個人的には「日本円」が最終的に残る6つのデジタル通貨に入っていたことが若干驚きではありましたし、どの通貨が最終的に残るのかという予測は現段階でしても仕方ないような気はしますが、意外と「日本円」は粘り強く今後も世界で残り続ける通貨なのかな〜とふと思ってしまった瞬間でした。

ではでは。